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京都地方裁判所 昭和58年(ワ)796号 判決 1984年6月18日

原告

福島陽治

被告

横田篤

ほか一名

主文

一  被告らは原告に対し各自金三五万六五一二円及びこれに対する昭和五六年四月六日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを八分し、その七を原告の、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し連帯して金二七九万八二〇〇円及びこれに対する昭和五六年四月六日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告横田篤の故意による原告に対する加害行為

(一) 原告が、昭和五六年四月五日午後一時四五分頃、京都市北区小山下総町二七番地鞍馬口病院前路上において、自己が運転する普通乗用自動車(以下原告車という)を停車させていたところ、被告横田篤(以下被告横田という)が、自己運転にかかる貨物自動車(以下被告車という)を、無謀な割込み運転により原告車に衝突させ、原告車を破損させた。

(二) 原告は、被告横田に対し、右事故の確認を求めたところ、同被告は、責任逃れのため、原告が停車禁止に違反していると強弁したが、原告にその誤りを指摘されるや今度は「急いでいる」と言つて、被告車運転席に戻り、その場を逃れようとする態度を示した。そこで、原告は被告横田に対し再度事故の確認を求めるとともに、同被告の免許証の呈示を求めた。しかるに同被告は免許証を呈示せず(被告横田は免許証を携帯していなかつた)、さらに「急いでいる」と言つて、自己の名刺を差し出し、賠償等の話は後日にしたい旨答え、被告車を発進させて、事故現場から逃げ去ろうとした。

(三) 原告は、このまま被告横田を発進させては事故の責任を追求できなくなるため、被告車の運転席ドアの窓枠上部付近を右手で、車体屋根部分を左手でつかんだ状態で、同被告に対し前記名刺に事故を起した旨を記載するよう求めたところ、同被告は、原告の右正当な要求を黙殺拒否し、原告が右のような状態にあることを確認しつつ原告に傷害を負わせる結果になることを認容して、突然被告車を急発進させ、三ないし五メートル程進行して急停車させたうえ、原告を振りほどいていないことを知るや、さらに急発進させ、時速約三五キロメートルの速度で約四三メートルにわたり原告の「停止するよう」との懇請も聞かずに原告を引きずり、同区南上総町二四番地の一先路上において原告を転倒さ、被告車を加速させて逃走した。

(四) 原告は、右転倒により顔面上口唇、肩背部、両膝、右下腿挫傷及び挫創等の傷害を受け、昭和五六年四月六日から同年一一月一七日まで、京都市内所在の林整形外科医院に通院し(内実治療日数三三日)、同年七月二八日から同年一一月一六日まで右林整形外科医院の指示により京都市内所在の北川治療院において鍼・灸の治療を受けた(内実治療日数一八日)が、同年一一月一七日右肩胛部筋萎縮、右廻旋運動障害等の後遺症を残して症状固定した。

2  責任原因

(一) 被告横田につき

被告横田は、前記のとおり故意による不法行為により原告に損害を生じさせたものであるから、民法七〇九条による責任がある。

(二) 被告株式会社ヒカリ無線(以下被告会社という)につき

(1) 被告会社は、被告車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任がある。

(2) 被告会社は、被告横田を使用し、同被告が被告車を運転して被告会社の業務に従事中、前記のような不法行為によつて原告に損害を生じさせたものであるから、民法七一五条による責任がある。

3  原告の損害

(一) 治療費 金八万〇三〇〇円

(二) 通院交通費 金一万七五八〇円

(三) 後遺症による逸失利益

原告の前記後遺障害は、労災等級一四級に該当するものであり、その継続期間は就労可能年限までのものであるが、法的な評価としても五年間は最低限の継続期間というべきところ、原告は、事故当時年間約四五〇万円の給与所得を得ていたから、右を前提に算出すると原告の逸失利益は次のとおり金九八万一九〇〇円となる。

四五〇万円×〇・〇五(労働能力喪失割合)×四・三六四=九八万一九〇〇円

(四) 慰謝料

前記の如き、被告横田の加害行為等の悪質さ、就中原告の本件受傷が同被告の故意によるものであり、かつ本件現場道路は京都市内でも最も車両通行量の多いところであり、一歩間違えば死亡の危険があつたこと、さらに原告の転倒後被告横田が救助行為を全く行なわず逃走したこと等に鑑みると、原告に対する慰謝料は到底通常の事案と同一に評価することはできず、原告の慰謝料は少なくとも次のとおり通常の倍額と考えられる。

(1) 通院慰謝料 金一三〇万円

(2) 後遺症慰謝料 金一五〇万円

(五) 損害の填補

原告は自賠責保険から金一〇八万一五八〇円の給付を得た。

4  よつて原告は被告ら各自に対し右損害残金二七九万八二〇〇円及びこれに対する不法行為の日の翌日である昭和五六年四月六日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告らの主張

1  請求原因1(一)の事実のうち原告主張の日時場所は認めるが、その余は否認する。

被告横田は被告車を低速度で停車中の原告車のサイドミラーに軽く接触させたものであつて、サイドミラーの方向が多少変つた程度であり所轄物損事故はない。

同1(二)の事実のうち原告が被告横田に対し事故の確認を求めたこと、同被告が原告に停車禁止に違反していると言つたこと、原告が同被告の免許証の呈示を求めたこと、同被告が免許証を携帯していなかつたこと、同被告が「急いでいる」と言つたこと、名刺を原告に渡したことは認めるが、その余は否認する。

本件の発端は物損事故でもないのに、原告が物損事故と決めつけ被告横田に執拗に事故確認を迫つたことにある。

同1(三)の事実は否認する。

原告は、被告横田が名刺を渡したこと等で人物の同一性は勿論事後の示談についても必要かつ十分であるのに執拗に同被告に詰め寄り、顧客のため先を急いでいる同被告を逃すまいとして声を荒げるとともにその右手をひつかく行動に出た。そのため同被告は原告の右行為に恐怖を抱き逃れようとして被告車を発進させたが、その際、気持が動転していたので、原告の左右の腕がどのような状態にあつたか見ていないし、また発進速度は時速約一〇キロメートル位であり、さらに原告が転倒したことも全く気付かずに進行した。

同1(四)の事実のうち原告が原告主張の傷害を受けたことは認め、原告主張の後遺症を残したことは否認し、その余は不知。

同2(一)の事実は否認する。

被告横田は無過失である。

同2(二)(1)のうち被告会社が被告車を所有していることは認めるが、その余は争う。

同2(二)(2)の事実のうち被告会社が被告横田を使用していることは認めるが、その余は否認する。

同3(一)ないし(四)の事実は否認ないし不知。

同3(五)の事実は認める。

2  仮に被告らが責任を免れ得ないとしても、前記のような事情にあるから、原告の過失を斟酌し過失相殺すべきである。

第三証拠

証拠関係は本件記録中の書証及び証人等各目録記載のとおりである。

理由

一  傷害事故の発生及び責任について

いずれも原本の存在とその成立に争いのない甲第四号証の一ないし三、同第五、第六号証、同第八ないし一〇、第一二ないし第一五号証、同第二〇、第二一、第二四号証、原本の存在は争いがなく、その作成については署名部分の成立が争いがないので全部真正に成立したものと推認される同第七号証(写)並びに原告及び被告横田各本人尋問の結果(上記中甲第一四号証の記載及び被告横田本人尋問の結果中後記措信しない部分を除く)を総合すると以下の事実を認めることができる。

被告横田は、昭和五六年四月五日午後一時四五分頃京都市北区小山下総町二七番地鞍馬口病院前路上において、自己が運転する被告車を誤つて同所に停車中の原告運転の原告車に接触させて破損させる物損事故を起した。被告横田が同所付近路上に被告車を停車し原告と事故のことで口論となつた際、同被告は、原告から事故の確認のため運転免許証の呈示を求められたが、当時運転免許証を携帯していなかつたことから自己の名刺に被告車のナンバーを記載して原告に手渡したうえ、顧客があり先を急いでいたので原告にその旨言つて、被告車運転席に戻り発進しようとしたところ、さらに原告が執拗に事故の確認を求めるなどの行動に出たため、原告の強硬な態度におそれを抱き一刻も早く被告車を運転してその場を立去ろうとした。その際原告において全開されていた被告車の運転席右側ドアの上部を右手で握り、車体屋根部分に左手を置いていたが、被告横田はそのままの状態で被告車を発進させれば原告を引きずり転倒させ傷害を負わせるに至るかも知れないことを認識しながらあえて被告車を発進させ、右の状態で追いかけてきた原告を同区小山南上総町二四番地の一先路上まで約四三メートルにわたり引きずるようにして加速進行し、同所付近路上に原告を転倒させた。その結果原告は顔面・上口唇・右肩・背部・両膝・右下腿挫傷及び挫創、頸腕症の傷害を負い、昭和五六年四月六日から同年一一月一七日まで林整形外科医院に通院して治療を受け(内治療実日数三三日)その間の同年七月二八日から同年一一月一六日まで右林整形外科医院の指示により北川治療院で鍼灸の治療を受けた(内治療実日数一八日)が、右肩胛部筋萎縮、右肩関節廻旋運動障害等の後遺症を残し、右症状は同年一一月一七日に固定した。

以上の事実が認められ、甲第一四号証の記載及び被告横田本人尋問の結果中右認定に抵触する部分は直ちに措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実によると、被告横田は原告に対し民法七〇九条により原告の被つた損害を賠償すべき不法行為責任があるものというべきである。

また被告会社が被告車を所有していることは当事者間に争いがないから、被告会社は自己のために自動車を運行の用に供する者として自賠法三条により原告の被つた損害を賠償すべき責任がある。

二  損害について

1  治療費

いずれも原本の存在とその成立に争いのない甲第二二、第二三号証及び原告本人尋問の結果によると、原告は前記傷害事故による受傷のため、治療費(文書料を含む)として林整形外科医院に対し金八三〇〇円を、北川治療院に対し金七万二〇〇〇円を支払つたことが認められる。

2  通院交通費

原本の存在とその成立に争いのない甲第二五号証及び原告本人尋問の結果によると、原告は、前記傷害事故による受傷のため、林整形外科医院にバスを利用して(一回の往復運賃二六〇円)三三日間通院し合計金八五八〇円を支払い、北川治療院に地下鉄、バスを利用して(一回往復運賃五〇〇円)一八日間通院し合計金九〇〇〇円を支払つたことが認められる。

3  逸失利益

前記認定の原告の後遺症の内容程度等に鑑みると、原告の稼働能力に若干影響を及ぼしていることは推認できるが、原告本人尋問の結果によると、原告は前記傷害事故当時住友海上保険株式会社に勤務し(昭和五二年入社)営業を担当していたところ、前記傷害事故日より症状固定の昭和五六年一一月一七日までの間前記傷害事故に基づく受傷により二日程の欠勤を除き出勤しているうえ、症状固定日以後は特段には勤務に支障はなく、格別給与の減収もないことが認められる。

なお原告本人尋問の結果によると原告は昇給が遅延していることが認められるが、前記傷害事故との相当因果関係を認め難い。

そうすると原告主張の後遺症による逸失利益は認め難いというべきであるが、この点は慰謝料の算定において斟酌する。

4  慰謝料

前記認定の傷害事故の性質態様、傷害、後遺症の内容程度等に鑑みると、原告の精神的苦痛に対する慰謝料は金一五〇万円と認めるのが相当である。

5  過失相殺

前記認定の事実によると前記傷害事故の発生の原因が主として被告横田に存するのはいうまでもないが、その発生につき原告にも被告横田に対し執拗な事故確認を求めるなどしているうえ、発進進行する被告車より早期に手を離し事故を未然に防止しなかつた過失(不注意)があつたというべく、賠償額の算定に当つてその一割を減額するのが相当である。

そうすると原告の請求しうべき損害額は前記損害合計額一五九万七八八〇円の九割に当る金一四三万八〇九二円となる。

6  損害の填補

原告が自賠責保険より金一〇八万一五八〇円の支給を受けたことは当事者間に争いがないので、これを前記損害額一四三万八〇九二円から控除するとその残額は金三五万六五一二円となる。

三  結論

よつて原告の本訴請求は被告ら各自に対し金三五万六五一二円及びこれに対する不法行為の日の翌日である昭和五六年四月六日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるから認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して(なお被告らの仮執行免脱の宣言の申立は相当でないからこれを却下する。)、主文のとおり判決する。

(裁判官 小山邦和)

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